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「がん闘病記」の続きを書いてみます。
入院した時からの話題から始めます。
実は、今は全く逆の印象で、実際の病室は広くて明るいのですが、
私には陰気で冷たいというのが最初の印象でした。
やはりあのころは気持ちも落ち込んでいて、マイナス志向で
見るものもそんな眼で見ていたので、そう見えたのでしょう。
がんの宣告を受けた人なら、わかると思いますが、
何をしていても、このがんという病気のことを考えて
死について、初めて本気で考えるようになります。
人間にとって、死を意識することほどつらいことは無いように思います。
それはともかく、病室に入ると4個のベッドがあって、
そのうちのひとつが私のためにまっさらなシーツが敷かれて待っていました。
そのまわりにテレビがひとつと身の回りの物をしまう棚がひとつ
あとは何もないとても狭い空間が私の居場所になりました。
看護師に入院時の様々な説明を受けて、少し病院内を家内と一緒に見て回りました。
そして家内が帰るというので、駐車場に送っていきました。
車に乗って、家内が帰るとき私も一緒に帰りたいと、
子供のように駄々をこねたい気持ちになりました。
いよいよここからが、がん闘病記の始まりです。
最近、「風のガーデン」というテレビドラマを毎週見ています。
脚本がしっかりしていて、見ごたえがあるドラマではありますが、
登場人物が末期がんの病院のドクターが主人公なので、仕方ないのかもしれませんが、
非常におもくて、そしてちょっと暗く感じます。
わたしもがんを罹って、手術や他の治療で何とかがんを取り除いて、
今のところ順調に回復していますが、正直、再発についてはちょっと心配しています。
ですから、がんを扱ったドラマは少し抵抗があります。
特に生命の時間を宣告されたがん患者を取り上げていますので
自分でもテレビを見ながら、少し深刻に考えるときもあります。
「風のガーデン」はやはり死を前にしていかに生きるかをテーマにしたドラマだと解釈しています。
もちろん私もがんという病気に罹った以上、死を考えさせられました。
よっぽど早期でもないかぎり、死を意識しない人はいないだろうと思います。
私の場合は、今は十分に幸せですので、なんでも前向きに捉えることができていますが、
時間の宣告をされたら、どんな態度を取れるのか不安でもあります。
私の大好きな俳優の緒形拳さんが肝臓がんで亡くなりました。
そして今度は渋い味を持った名優の峰岸徹さんが肺がんでこの世を去りました。
こういったニュースを聞いたり見たりすると、他人事ではない私は気になります。
がんという病気は、普通に自分の周りでもよく耳にして、
知り合いが、30台で亡くなったとか、親戚が亡くなったのもがんだったというのもありました
医学の進歩で、かなりがんでの生存率が上がってきているとは言いますが、
特効薬的なものはいまだに見つかっていません。
タレントの山田邦子さんが乳がんの検査、マンモグラフィー検査を受けて欲しいという
コマーシャルをよくCSで見かけますが、早期発見ががんには大切です。
今のところがんを確実に消滅させるにはその方法しかないようです。
それでも、再発が絶対にないとは言い切れず、私など1年と半年過ぎても、
がんという言葉にとてもナーバスになる自分がいます。
私からも、がんの検診だけは皆さんに行ってほしいと本当に思っています。
早期発見ががんを完治する一番の方法だと思います。
入院する日取りが決まって、初めて不安が心のどこかに巣食い始めました。
何せ病院嫌いのわたしです。入院もわたしの記憶の中にはありません。
1歳か2歳のころ小児ヘルニア、おそらく脱腸だと思いますが、
手術を受けたことがあるそうですが、そんなときの記憶はありません。
もしかすると、そのときのトラウマが潜在意識の底のほうにあるのかもしれませんが、
いずれにしても、初めての体験といってよい一大事ですから、
不安になるのも当たり前かもしれません。
また、病気ががんですのでかなりきつい戦いになるのは目に見えていました。
わたしが勝つか、がんが勝つかというような悲痛な思いで
入院の日まで、少しナーバスな気持ちでいました。
そして、いよいよ入院です。癌との戦いの始まりです。
がんという病気は待ってくれません。
病院について、早速検査の始まりです。
血液の検査等を、耳鼻科の指示で行ってから、
6階の耳鼻科病棟に看護師が案内してくれました。
わたしのほかに、4~5人は入院する方がいたと思います。
その方たちと一緒に耳鼻科病棟のナースステーションに連れて行かれて、
部屋を割り当てられました。
わたしの病室は4人部屋で、ナースステーションから一番離れたところで、
そんなに重症ではない患者が入る部屋のようでした。
「がん闘病記」の続きを書いてみます。
入院した時からの話題から始めます。
実は、今は全く逆の印象で、実際の病室は広くて明るいのですが、
私には陰気で冷たいというのが最初の印象でした。
やはりあのころは気持ちも落ち込んでいて、マイナス志向で
見るものもそんな眼で見ていたので、そう見えたのでしょう。
がんの宣告を受けた人なら、わかると思いますが、
何をしていても、このがんという病気のことを考えて
死について、初めて本気で考えるようになります。
人間にとって、死を意識することほどつらいことは無いように思います。
それはともかく、病室に入ると4個のベッドがあって、
そのうちのひとつが私のためにまっさらなシーツが敷かれて待っていました。
そのまわりにテレビがひとつと身の回りの物をしまう棚がひとつ
あとは何もないとても狭い空間が私の居場所になりました。
看護師に入院時の様々な説明を受けて、少し病院内を家内と一緒に見て回りました。
そして家内が帰るというので、駐車場に送っていきました。
車に乗って、家内が帰るとき私も一緒に帰りたいと、
子供のように駄々をこねたい気持ちになりました。
いよいよここからが、がん闘病記の始まりです。
最近、「風のガーデン」というテレビドラマを毎週見ています。
脚本がしっかりしていて、見ごたえがあるドラマではありますが、
登場人物が末期がんの病院のドクターが主人公なので、仕方ないのかもしれませんが、
非常におもくて、そしてちょっと暗く感じます。
わたしもがんを罹って、手術や他の治療で何とかがんを取り除いて、
今のところ順調に回復していますが、正直、再発についてはちょっと心配しています。
ですから、がんを扱ったドラマは少し抵抗があります。
特に生命の時間を宣告されたがん患者を取り上げていますので
自分でもテレビを見ながら、少し深刻に考えるときもあります。
「風のガーデン」はやはり死を前にしていかに生きるかをテーマにしたドラマだと解釈しています。
もちろん私もがんという病気に罹った以上、死を考えさせられました。
よっぽど早期でもないかぎり、死を意識しない人はいないだろうと思います。
私の場合は、今は十分に幸せですので、なんでも前向きに捉えることができていますが、
時間の宣告をされたら、どんな態度を取れるのか不安でもあります。
私の大好きな俳優の緒形拳さんが肝臓がんで亡くなりました。
そして今度は渋い味を持った名優の峰岸徹さんが肺がんでこの世を去りました。
こういったニュースを聞いたり見たりすると、他人事ではない私は気になります。
がんという病気は、普通に自分の周りでもよく耳にして、
知り合いが、30台で亡くなったとか、親戚が亡くなったのもがんだったというのもありました
医学の進歩で、かなりがんでの生存率が上がってきているとは言いますが、
特効薬的なものはいまだに見つかっていません。
タレントの山田邦子さんが乳がんの検査、マンモグラフィー検査を受けて欲しいという
コマーシャルをよくCSで見かけますが、早期発見ががんには大切です。
今のところがんを確実に消滅させるにはその方法しかないようです。
それでも、再発が絶対にないとは言い切れず、私など1年と半年過ぎても、
がんという言葉にとてもナーバスになる自分がいます。
私からも、がんの検診だけは皆さんに行ってほしいと本当に思っています。
早期発見ががんを完治する一番の方法だと思います。
入院する日取りが決まって、初めて不安が心のどこかに巣食い始めました。
何せ病院嫌いのわたしです。入院もわたしの記憶の中にはありません。
1歳か2歳のころ小児ヘルニア、おそらく脱腸だと思いますが、
手術を受けたことがあるそうですが、そんなときの記憶はありません。
もしかすると、そのときのトラウマが潜在意識の底のほうにあるのかもしれませんが、
いずれにしても、初めての体験といってよい一大事ですから、
不安になるのも当たり前かもしれません。
また、病気ががんですのでかなりきつい戦いになるのは目に見えていました。
わたしが勝つか、がんが勝つかというような悲痛な思いで
入院の日まで、少しナーバスな気持ちでいました。
そして、いよいよ入院です。癌との戦いの始まりです。
がんという病気は待ってくれません。
病院について、早速検査の始まりです。
血液の検査等を、耳鼻科の指示で行ってから、
6階の耳鼻科病棟に看護師が案内してくれました。
わたしのほかに、4~5人は入院する方がいたと思います。
その方たちと一緒に耳鼻科病棟のナースステーションに連れて行かれて、
部屋を割り当てられました。
わたしの病室は4人部屋で、ナースステーションから一番離れたところで、
そんなに重症ではない患者が入る部屋のようでした。
しかし、まだ気持ちの中ではがんでないという思いでした。
矛盾しているようですが、このような状況では平静ではおれません。
やはり、がんというのは今でも死の病という認識が一般的で、
私自身、がんであれば死も覚悟しなければという気持ちでした。
がんと死を結び付けて考えるというのは誰でも同じだと思います。
ちなみに、がんの専門医師でさえも実際にがんに罹患すると
一度は死を意識するそうです。
CTのあとPETという検査を受けました。
このPETについてはまた別の機会に詳しく述べるとして、
これはがんを見つけるのには、今最先端の検査のひとつです。
これによると、例の腫瘍の部分に問題があるようです。
つまり、かなりがんの疑いが濃くなりました。
そのあと、腫瘍の部分に注射器を刺して溜まった液をとり、
それを検査に出しました。
検査に1週間かかると言うのでその日を待ちました。
ついにその日がやってきました。
PETで異常が認められていたので、ほとんど決定的ではあったと思うのですが、
それでも、自分の中ではまだ一縷の望みを持っていました。
でも、悪性の腫瘍ですと医師に淡々と告げられると
実は、意外に平静な自分がいることに気づきました。
そのあと、これからの治療の方針などを聞いて、
診察室を出て、家内にそのことを告げました。
妻も意外に冷静に聞いてくれました。